古代天皇の謎(1)

 神武天皇が即位したのは,『日本書紀』によれば,「辛酉春正月庚辰朔」ということになっています。辛酉(しんゆう・かのととり)の年の正月朔日(ついたち)に,日本の初代天皇である神武が即位し,このときから天皇家の歴史が始まった,というのです。
 しかし,この年をもって「日本国家建国」としたのは,明治になってからです。明治5年(1872)政府は,「辛酉春正月庚辰朔」を太陽暦に換算して「BC660年2月29日」とし,1年後に「2月11日」に改め,「BC660年」を日本国家の紀元,「2月11日」を国民の祝日「紀元節」と定めました。
 しかし,日本国家の起源,すなわち大和朝廷の成立に関しては,さまざまな説があります。少なくとも,まだ縄文時代が続いていた紀元前660年でないことは確かです。そこで昭和23年,「紀元節」は学問的に何ら根拠のない皇国史観によるものとして,廃止されました。ところがその後に復活運動が起こり,昭和41年(1966),改めて2月11日が国民の祝日「建国記念の日」となり,現在に至っています。
 さて,それでは,神武以降の古代天皇について,見ていくことにします。
 古代国家の骨格がしっかりと定まったのは,6世紀末から7世紀にかけての推古朝のころです。推古10年(602)には,朝鮮半島から暦法や天文・地理学などが改めて伝来し,その暦法に基づく国家(天皇家)の歴史を創っていくことになります。『古事記』『日本書紀』の編纂が完了するのは8世紀の初頭になってからですが,その間にさまざまな試行錯誤があって,天皇紀が定まっていったものと思われます。
 初代神武から33代推古までの天皇は,以下のごとくです。神武・綏靖・安寧・懿徳・孝昭・孝安・孝霊・孝元・開化・崇神・垂仁・景行・成務・仲哀・応神・仁徳・履中・反正・允恭・安康・雄略・清寧・顕宗・仁賢・武烈・継体・安閑・宣化・欽明・敏達・用明・崇峻・推古。ところがこのうち,10人以上の天皇が100歳以上生きたことになっています(「記」と「紀」で多少違いますが)。たとえば,神武天皇は「記」では137歳,「紀」では,127歳。孝安が123歳と137歳,孝元・開化は「記」で57歳と63歳ですが,「紀」だと117歳と115歳です。まだまだ何人もの天皇が100歳以上です。崇神などは「記」だと168歳,垂仁も153歳。ありえない長寿です。 さて,次回はその謎を解き明かします。