日本語のタイムカプセル

 日本語が,いつどのようにして成立したのか定かではありませんが,縄文時代に遡ることはまちがいありません。縄文時代は1万数千年つづきましたから,日本語の起源は,少なくとも1万年以上前ということになります。縄文人は,縄文式土器をつくり,集落を営み,日本列島の他地域に住む縄文人たちと交易を行なっていたことが判っています。
 青森県の三内丸山遺跡は,今から約5500年前から4000年前ぐらいまでの間,縄文人たちが生活した大遺跡ですが,厖大(ぼうだい)な遺物が出土し,巨大な木造建造物や墓制があったことが判明しています。文字はありませんでしたが,言葉があったことはまちがいありません。彼らが話していた言葉が,今日の日本語の源流の一つであることは,おそらく確かです。
 やがて紀元前300年(あるいはも少し前)ごろから弥生時代となりますが,縄文人と弥生人が入れ替わったわけではありません。両民族が同化しつつ共通の言語ができ上がり,やがて古代日本におけるグローバルな言語である倭語(やまとことば)が成立したものと思われます。
 弥生時代が始まってから千年の時を経て,すなわち奈良時代始めの8世紀初頭,私たちの祖先はすでに厖大な語彙の日本語を成立させていました。
 8世紀の前期に成立した『古事記』や,中期以降に成立した『万葉集』によって,私たちはそれ以前の日本語に触れることができます。そして驚くべきことに,現在私たちが使っている日本語の語彙の多くが,当時すでに使われていたことを知ります。
 じつは『古事記』と『万葉集』は,ヤマトコトバを後世に伝えるためのタイムカプセルなのです。『古事記』の序文は漢文で書かれていますが,本文はほとんどすべてがヤマトコトバすなわち当時の日本語で記されています。漢字は日本語を表記するための記号であって,漢語が入り混じっているわけではありません。『万葉集』には4516首の歌が収録されていますが,漢語を混えた歌は16首にすぎません。4500首が倭歌すなわちヤマトコトバウタです。つまり『古事記』と『万葉集』は,明らかに,当時の日本語を,物語や歌に託して,後世に伝える意図で作られたものといえるのです。ぜひ,ひもといてみてください。