海を渡ってきた日本の神話

 『古事記』と『日本書紀』(「記紀」)は,奈良時代の8世紀に編纂された日本最古の歴史書です。「記」の方がやや古く,物語性に富み,倭語(やまとことば)すなわち日本語で記されています。「紀」は,日本の国家(大和朝廷)が編んだ最初の国史で,中国の史書にならい漢文体で記されています。内容は似通っていますが,違いもあります。
 「記紀」に記された,神々とその子孫の,天皇家の遥かなる先祖と初期の天皇についての記述は,記紀神話といわれています。すなわち歴史的な記録に基づくものではなく,遠い古代から語り伝えられてきた「神話」というわけです。いつごろ成立したのか,はっきりしませんが,ギリシア神話や旧約聖書,東南アジアの古い伝承などと同じ話がいくつもあって,興味が尽きません。
 たとえば,スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治する話は,ギリシア神話のアンドロメダの話とほとんど同じです。アンドロメダ神話は,怪物の人身御供にされたエチオピアの王女アンドロメダを,勇士ペルセウスが救う話です。ペルセウスが退治した怪物は八つの頭を持つ巨大な海竜でした。やがてペルセウスはアンドロメダを妻とし,やがて天に昇って星座になりました。スサノオは,天から下って出雲国のヒの川の上流で,八つの頭を持つ大蛇を退治してクシナダヒメを救い,彼女を妻として出雲の国をつくります……。
 「記紀」神話のひとつアメノワカヒコの話は,『旧約聖書』創世記のニムロッド説話と同型です。神を信じないニムロッドは,天上の神に向って矢を放ち,神の投げ返した矢に当たって死にます。アメノワカヒコも同様です。高天原から地上に遣わされたワカヒコは,使命を忘れて妻をめとり,天からの使者の雉(キジ)を弓矢で射殺してしまい,天上まで飛んで行ったその矢を天上の神が投げ返し,ワカヒコは死にます。
 因幡(いなば)の白兎の話もよく知られています。ワニをだまして赤裸に皮をむかれたシロウサギを,大国様(ダイコクサマ・オオクニヌシ)が助ける話です。陸上の動物が水中の動物をだまして川を渡り,報復される話は,インドネシアや東インド諸島に広く分布しています。
 まだ「記紀」には,外国と共通の話がいくつもあります。偶然の一致もあるかも知れませんが,はるか太古から,地球上を人が移動し,文化が行き交っていた証拠です。