御伽草子の隆盛と庶民文化

 15世紀は,庶民が歴史の表舞台に登場した時代です。それまで語り継がれてきた物語が,平易な形で読み物にまとめられるようになりました。それが「御伽草子」です。わかりやすくいうなら,15世紀すなわち室町時代後期の庶民文学の典型が,「御伽草子」です。私たちが知っている,いわゆるおとぎ話が少なくありません。
 江戸時代の17世紀後半,絵入刊本として京都で刊行されますが,さらに18世紀前半の享保年間(1716~36)大坂の本屋渋川清右衛門が23巻の絵入刊本「御伽文庫」として刊行します。これが,一般的に「御伽草子」として今に知られているもので,以下の23編です。「文正(ぶんしょう)草子」「鉢かづき」「小町草紙」「御曹子島渡」「唐紙さうし」「木幡狐(こわたぎつね)」「七草草紙」「猿源氏草紙」「物くさ太郎」「さざれ石」「蛤(はまぐり)の草紙」「小敦盛(こあつもり)」「二十四考」「梵天国」「のせ猿さうし」「猫の草子」「浜出(はまいで)草紙」「和泉式部(いずみしきぶ)」「一寸法師」「さいき」「浦島太郎」「横笛草紙」「酒呑(しゅてん)童子」。
 現在私たちが知っている話も少なくありません。このほかにも異類物として,「鼠の草子」「雀の発心(ほっしん)」」「俵藤太」「土蜘蛛(つちぐも)草紙」など,私たちが知っている昔話が数多くあります。
 では,いくつかの物語の内容を紹介することにしましょう。
 『文正草子』は,常陸国の鹿島大明神の宮司の召し使いであった文正という男の話。召し使いにすぎなかった文正は,塩焼きで大変な長者になります。二人の娘のうちの一人は天皇の女御(にょうご)に,一人は関白の息子の妻となり,自分自身も大納言となって富み栄えます。『一寸法師』は,摂津国の名もない老夫婦の間に生まれた小人が,上洛し,苦労の末に打出の小槌を手に入れて大きくなり,三条宰相の姫君を妻にし,金銀財宝も手に入れて堀河少将にまで出世する話です。また,『もの草太郎』は,信濃国筑摩郡あたらし郷に住んでいた無精者。人にだまされて上洛し,苦労の末に信濃中将となり,美女を妻に,莫大な財産を得て,故郷に錦を飾ります。そして120歳という長寿をまっとうする,という話です。
 いずれも,普通の庶民,それも他人に劣る者が京都に上り,貴族の仲間になって長者になるという共通したパターンをもっています。いうまでもなく,当時の庶民の夢を物語に託しているのです。いや,15,6世紀の時代,庶民の出世譚はまったくの夢ではなかったといえます。努力次第で,あるいは運次第で庶民から長者になるという可能性がなきにしもあらず,といった時代でした。