日: 2022年6月17日

江戸っ子の呼称と気質

     長屋には,武家長屋などもありますが,落語に出てくる熊さんや八つぁんが住んでいるのは裏長屋。今でいうなら裏街の安い賃貸アパートです。メインの通りに面した表店(おもてだな)の裏などや横丁にあったので,裏店(うらだな)ともいいます。  裏長屋の住人は,大工や左官などの職人,棒天振(ぼてふり。魚や野菜の行商人),表店の下っ端の使用人,日雇いの労働者など,当時の下層階級の人たちです。なかには,占い師や手習いの師匠,長唄や俳諧の宗匠などもいました。いずれにせよ,日銭(ひぜに)で生活している人たちです。
 裏長屋は,向かい合わせに2棟あって,中央の通路の両端に表木戸と裏木戸があります。通路のまん中にはドブがあって,板でふさいでいます。木戸は明け六ツ(午前6時前後)ごろに開けて,暮れ六ツ(午後6時前後)ごろに閉めるのが習わしですが,五ツ刻(午後8時ごろ)から場合によって四ツ刻(午後10時ごろ)まで開いていたといいます。
 井戸は多くの場合,どちらかの棟の中央に2軒分ぐらいスペースをとって,掘られていました。井戸の囲りは洗い場で,長屋の女性たちの井戸端会議の場というわけです。トイレは,裏木戸の近くなどにありました。二連か三連の共同便所ですが,朝など順番待ちで大変だったと思われます。
 裏長屋の一軒の面積は,俗に9尺2間といわれました。間口が9尺(約2.7m),奥行が2間(約3.6m)というわけです。実際の奥行は2間半(約4.5m)でしたが,坪数にして3.75坪(約12.4㎡)です。間口9尺のうち6尺が玄関,残りの3尺が台所です。実際の住居スペースは6畳ぐらいということになります。台所にあるのは水がめとかまどだけ,家具はほとんどなく,わずかな食器とせんべいぶとんぐらい。火事のときは身一つで逃げればいいわけです。とはいえ,6畳ひと間に一家族が住んでいたのですから,かなり窮屈だったろうと思われます。もっとも,それが当たり前であれば,さほど苦にならなかったかもしれません。
 裏長屋を取り仕切っていたのは大家(おおや)で,住民は店子(たなこ)と呼ばれていました。「大家といえば親も同然,店子といえば子も同然」といわれ,店子は旅行へ行くのも嫁をもらうのも,何かにつけて大家の許可が必要でした。いっぽう大家は,店子について一切の責任を負っていました。店子に不都合があれば大家も取り調べを受けました。
 ところで大家には,家賃のほかに結構な収入源がありました。何だと思いますか?
 じつは,共同便所の糞尿です。なぜそんなものが利益になるのかは,次回で……。

江戸っ子の呼称と気質

「江戸っ子」という呼称がいつできたのかは,はっきりしません。大久保彦左衛門が名づけ親などともいわれますが,これはあやしい。江戸の下町に住んだ町人たちを江戸っ子というようになったのは,江戸の中期ごろからです。江戸はもともと地方出身者たちによってつくられた町ですが,代を重ねれば,江戸生まれの江戸育ちということになります。とはいえ,彼らのすべてが江戸っ子というわけではありません。
 江戸っ子とは,町人階級の中でも地位の低かった職人や棒手振(ぼてふり)らで,神田明神と山王権現の氏子の土地に生まれ,三代以上住んでいる者たち。地域でいうと,お茶水(おちゃのみず)から万世橋,柳橋をくぐって隅田川に入る神田川と,麻布を流れて芝公園,金杉橋をくぐって江戸湾に入る渋谷川,この二つの川に挟まれた土地に生まれ育った者たちをいいます。とはいえ,どこに生まれ育った者を江戸っ子というかについては,他にもいくつかの説があります。
 芝で生まれて神田で育っても,お金持ちを江戸っ子とはいいません。「宵越しの銭は持たない」のが江戸っ子の信条です。たとえば,天秤棒を担いで野菜や魚などを売り歩く棒手振は,朝早く金貸しから烏金(からすがね)を借りて品物を仕入れ,夕方には借りた金を返すという,その日暮らしです。カラスが朝に飛び立ち夕方に寝ぐらに帰るまでの間に借りる金なので烏金というわけです。「江戸っ子の生まれそこない銭をため」という川柳がありますが,金儲けをするような奴は江戸っ子にあらず,というわけです。
 江戸っ子気質といったものがあります。列記すると,金もないのに向こう気だけは強く喧嘩早い。物に対する執着心が薄い。見栄っ張りで気前がいいが,生き方は浅薄で軽々しい。人情にもろい。とまあ,そんなところでしょうか。
 「江戸っ子は五月(さつき)の鯉の吹き流し」という川柳もあります。喧嘩も早いが仲直りも早い江戸っ子は,口では罵っても腹に一物などない,というのです。ところがのちにこの句に,「口先きばかりはらわたはなし」という下の句がついた。口は達者でも内容がなく空っぽだというのです。まあ,どちらにせよ,江戸っ子気質をいい当てています。
 両国の江戸東京博物館や深川の江戸資料館で,江戸っ子の暮らしを見ることができます。長屋などに住んでいた彼らは,所帯道具といったものを,ほとんど持っていませんでした。江戸は火事が多く焼け出されることもしばしばでしたが,物を持たない彼らは平気です。
 さて次回は,そんな江戸っ子たちの長屋の生活を見ていきます。